ある56歳の女性患者。乳がんが全身に転移して、激痛に苦しんでいた。
ここ数年来、日本でも使われるようになってきた内服できる鎮痛剤の服用によって
痛みは軽くなったが病状は進む一方だった。この女性は独身で、両親は他界していて
弟さん夫婦が毎日交代で看病をしていた。
この患者の女性は、自分ががんであることを知らず、回復すると思っていた。
体の衰弱にも関わらず、かなり末期まで食べられるのは大きな救いであった。
「先生、私が元気になったら一緒にお寿司食べに行こうね」って何度も言ってました。
しかし、がんは着実に進行していった。食べることができなくなり、意識が低下し始めた。
大声で叫んでも全然反応しなくなった。
そんなある日、弟さん夫婦は、病室で葬式の話を始めた。
私はあわててその会話を止めて、二人を廊下に出した。
弟さんは部屋の外で「先生、あんな状態で聞こえるはずはないでしょう」と言った。
先生は「いいえ、患者さんには聞こえてるんです。息を引き取るまで聞こえるんです。
ただ聞こえることを知らせる力がないほど弱ってるだけなんです」と答えた。
こんなことがあってから、患者の意識が、数日後に戻り始めたのです。
医学の常識では考えられないことが、時々起こるのです。
患者さんは一週間後に、ほぼ正常な状態に戻り、普通に話が出来るようになりました。
このころから、患者の弟さん夫婦に対する態度が変わったのです。
ふたりのせはにたいして二人の世話に感謝していたのに、凄く怒りっぽくなった。
そのことにきずいた先生は患者の理由を聞いてみた。
すると患者は「だって、人の枕もとで葬式の話をするなんてあんまりではないですか」
そう言ったんです。患者さんは、弟さん夫婦の話が聞こえていたんです。
聴覚は最後の最後まで、残ってるそうです。それがわかりました。
その後患者の意識はもうろうとなり、二週間後に亡くなりました。
常識に考えて末期になって、昏睡状態になってるのに、聞こえるはずはないと思う。
しかし、この患者のように最後まで聞こえてると考えて、看病する事が大切である。
話しかけて、反応がなくても人は死ぬまで聞こえてるって、考えてみないといけない。
心は生きているんですよ。そして、色んな事を言ってると思いますよ。
今までありがとうね、私は先に天国に行くけど。また会えるからね、悲しむな。
いつかはみんな、死なないといけませんが、それは第二の人生のスタートですよ。
みんなは、永遠に滅ばない、天国で生き続けるのですよ。