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ありのままの自分が大好きです

この世で一人しかいない尊い存在です。人と比べる必要なんてありません。病でどん底に落ちて知りました。幸せは生かされてる事を感謝する事です

戦時中を生き延びた方の証。

今年94歳になる兄弟の証です

エスは私に言われた「私は蘇りであり、命である。私を信じる者は、たとい死んでも生きる」(ヨハネによる福音書11、25)

私は、一銭五厘のはがき一枚で招集され、1944年、10月5日に日本帝国軍24部隊に入隊しました。

私はその後、和歌山から韓国の釜山に渡り満州第643部隊虎伏隊に編入されました。

当時の満州の自然はあまりにも厳しく、様々な苦しみを受けることになりました。

1、満州の空気は乾燥がすごく、日に十数回のうがいが必要で、常にのどが渇いてるような土地でした。

2最低気温はマイナス70℃に到達し、日常の軍の訓練は、零下30℃~40℃の中で行われ鼻の凍傷は免れません

3水質も悪く、私も含めて兵士全員慢性の下痢を免れられませんでした。

霜焼けあかぎれは最も、注意が必要でそのため兵士は全員凍傷実験の実験台にされました。

私もその実験台にされ、早い人で3分30秒、長い人で7分30秒で凍傷になりました。


そのような苦しみの日々の中でも、私は不思議のも生きることができました。

私が悔い改めることを待っておられる、神様が私と共に居てくださったからです。

私にとって最も大きな苦難は伝染病に罹ったことです。

当時日本帝国軍は米軍との本土決戦の為、満州関東軍百万を本土に引き上げさせました。

交代兵士と入れ替えに関東軍は、宮崎県えびの原高原で待機しました。

その待機中に伝染病が発生し、極度の生死のはざまに突き落とされました。

でも幸いなことに、死を免れることができ、九死に一生を得たのは、私を愛した下さった神のおかげだと確信しています

その後私はクリスチャンになりました。戦争をとうして、悪の恐ろしさ、人間の弱さ、罪深さ

人は自分の力では、何もできない弱い存在を身に染みて体験しました。

人は窮地に襲われたとき、はじめてすがる人は、神様しかいないことに、きずかされました。

94歳ですが希望があります、それは天国、神のもとに行くことです

天国には人の争い、罪がない!これほど素晴らしい所はありません。ワクワクしています

我らの国籍は天にあり、我々は永遠に生きるのです

今の時代は、恵まれていますね。それはかえって、幸せ感が失せてしまってるんでは?

昔の戦時中は、食べるものもなく、生死をさまよって、何とか生きていました。

コロナの2次災害を警戒しとかないといけません

今は何とか、納まりつつありますが、恐らくまた来る確率は

高いと言っています。昔の戦時中と比べたら楽なもんですが


厳重に備えをしとかないといけませんね。




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